高妻のプロフィール

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保険セブン高妻(こうづま)のプロフィール

DJからサーフィンにどっぷりハマった若かりし頃

幼少期からとにかく楽しいことが大好きでした。もともと音楽が大好きで10代の頃にDJの存在を知り一時期は給料の8割ほどをレコード代につぎ込むほどレコードの魅力にハマるのですが・・・それからほどなくして、あるサーファーと出会いサーフィンに人生を捧げるほどハマってしまいます。そして、このサーフィンとの出会いが後に僕の人生を狂わせていくことになります(笑)

 

もともと体育会系でしたので、体を動かすことが大好きだった私はサーフィンには一瞬でハマりました。サーフィンというのは自然相手。一度たりとも同じ波は来ません。だからこそ、その日に入水するポイントの地形、潮の動きを把握し、限られた時間のなか(体力には限界があるので 笑)でいかに良い波をゲットできるか・・・まさにすべては自分次第なわけです。

 

オーストラリアに長期滞在!?

良い波に乗れるのも自分が考えて動いた結果、良い波に乗れないのも自分が動いた結果。そんなシンプルなところがとても楽しく、ついには、22歳を迎える年にオーストラリアに約10ヶ月ほど行きました。ワーキングホリデーという長期滞在できるビザがあるんですね。

 

今、改めて考えるともう天国でした、この10ヶ月間は。この期間、ほぼ無職状態(仕事することは可能)で毎日毎日シェアメイト数人とサーフィンに明け暮れていました。このときのシェアメイトとは今でも交流があります。それほどサーフィンというものが私にとっては楽しく、帰国後もサーフィンがしたいために夜は飲み屋さんで働き、終わればそのままサーフィンという生活を続けていました。

 

”生音”は最高!とても楽しかったバンド活動

また、この頃に知り合いからバンドに誘われバンド活動もスタート。音楽はもともと好きだったものの楽器なんてしたことありません。完全な素人です。しかし、勤めていたバーのマスターがパーカッションをしていて僕も夜は見よう見まねでお店で練習をしていたんですね。だから声をかけてもらったわけなんですが・・・ただ、ド素人ということに変わりはありません。そして、ここに『素人なんちゃってパーカッショニスト』が誕生したわけです(笑)

 

このバンド活動も実は結構ガッツリしてまして、毎年1回はワンマンライブを開くほどでした。多い時にはなんとお客さんが200名以上も来てくれれたこともあり、アマチュアのバンドでこれだけの集客ができたことは今考えてもすごいな〜と思います。バンドメンバーは総勢10名。メンバーは地元で音楽を本職にしている若手メンバーや地元の人気アナウンサーもいたので、そういう意味でも知名度があったのだと思います。

 

また、宮崎では10年ほど前から『JAMナイト』という音楽の野外フェスがあり、JAZZとPOPSがそれぞれ1日ずつあるんです。そのJAZZの日にはアマチュアバンドが前座バンドとしてプロのミュージシャンの前に演奏するのですが、バンド結成2年目にしてそのステージで演奏をさせてもらいました。素人な私からすれば正直、そのステージにいること自体が非常に居心地が悪く本番当日はなんとも言えない気持ちでした(笑)

 

この時にはっきり覚えていることは、会場が野外でとても開放的だったこと・・・というのはもちろんなのですが、一緒に演奏するバンドメンバー1人1人の距離が非常に遠くとても不安になったということです。普段は街中のライブ会場で演奏していたのでステージはせまくメンバーはすぐ横にいましたからね。正直、あんなにメンバーが離れていたことは不安でしかありませんでした。それだけステージが広かったということですね(笑)

 

そして、すべての情熱がソフトボールへ!

10代、20代とあんなに大好きだったサーフィン、そしてバンド(音楽)活動へ注いでいた情熱はやがて息子のソフトボールへと移ります。私自身も小学生のころにソフトボールをし、そのあと野球をしていたものですから子供にも何かスポーツの習い事をさせたいという想いがあったんですね。

 

息子が小学生2年生の夏、通っている小学校でソフトボールがあったことは以前から知っていたので入団させました。今思えば1年生から入れるべきだったなと思いますが当時はサーフィンが忙しくて(笑)

 

ですが、ソフトボールに入れようと決めてからは、あれほど大好きだったサーフィンには一切行かなくなりすべての休日はソフトボールとなりました。この頃、サーフィンをしていた友達によく言われていたのが『子供のために大好きなサーフィンをやめてえらいな、お前は。』ってことでした。

 

ですが、これは嘘でも何でもないのですが、サーフィンを楽しいと思っていた気持ち以上にソフトボールに行くことのほうが楽しくなったわけで決してサーフィンをガマンしていたわけではないんですね。そうです。私は好んでソフトボールに行っていたというわけです(笑)

 

入団3年目にして会長に任命!

ソフトボールに預けるということは当然、保護者としても協力をする立場になるのですが、ある事情から入団3年目にして役員、しかも会長をすることになったんです。本来であれば6年生の保護者が役員をするのが通常なのですが当時、色々な事情があり会長という職を引き受けることにしました。息子が4年生になる年のことです。

 

会長という仕事をすると本当に色んなことが起こるものです。今まで見えなかったことが見えたり、色んな責任が乗っかかってきたりとそれはもう本当に濃かったです。そんなことをすぐに経験し色々と感じることがあったものですから、通常1年で交代する役員を自ら3年(息子が6年生になる年まで)すると公言し、そして2018年1月現在、ようやくその3年の任期を終えようとしているところです。

 

会長という仕事が教えてくれたことはとても大きい!

決して楽ではありませんでしたが、今では会長という仕事をさせていただいたことは本当に良かったと思っています。実際にこの3年間は色々ありました。楽しいことばかりではありませんでした。時にはチーム内での揉めごとがあったり、時には試合会場でソフトボール協会と言い合いになったり・・・本当に色んなことがありました。そんなことがある度にとてもしんどく色んなことを考えました。

 

でも、正しいと思うことはやはり正しいと言いたかったですし、チーム内にも『子供のために』ということを言い続けてきました。また、そういう意見を言う以上はそれ相応の行動をすべきだと常に自分に言い聞かせ、覚悟を持って色々なことに取り組んできたつもりです。”覚悟を持って取り組むことの大切さ”というのは、この会長という職をさせていただいたことで学ばせていただけたと思っています。

 

そして実は、こういった考え方が今回のマンション総合保険を専門で取り扱おうということにもつながっているのです。

 

 

続いてはこちら。>>何故、マンション総合保険を取り扱おうと思ったのか?

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